ヒューマンエラーとは

 ヒューマンエラーの原因は、人間の情報処理能力が入力量に対して著しく小さいため、ある対象を捉える場合、情報の単純化が行なわれ、単純化された記憶が断片的にネットワーク上に連なっていることに原因しています。

 ヒューマンエラーの基本的考え方として、Rasmussenの3つのパフォーマンスレベルを考えると理解しやすいと思われます。



日常のパフォーマンス(行為)レベル

   スキルベース→ ルールベース→ 知識ベース

       低いレベル  →    高いレベル


 スキルレベルの行為とは、非常に日常的で高度に習慣化された行為のことを言い、何らかの情報が入力されることにより反射的に行為が行なわれるような場合を指します。

 ルールレベルの行為とは、過去の経験、一般的常識、社会的規範などに基づいた判断により行なわれた行為で、スキルレベルで問題が生じた場合に適応されます。

 知識レベルの行為とは、ルールレベルの判断では解決できないような問題に対して発動され、過去の経験、社会的ルールが当てはまらない事前に経験したことの無い、全く新たな事態の発生において行なわれる行為で、過去の記憶、知識を動員し高度な考察と推論により結論を導き出す行為を言います。

 これら3つの行為の過程で起こるエラーがヒューマンエラーです。日常の行動はルールベースで行なわれ、行動の進行に対する注意のチェックによりエラー無しに遂行されますが、チェックにより問題が生じた場合、スキルベースレベルで問題解決がなされます。ここでは過去の経験とか社会の規範などに従い問題解決されるため個人の習慣、経験、慣れなどにより問題を解決する傾向があり、ミステークもこれらにより誘発される傾向があります。

 さらにルールベースで解決できない問題は知識ベースレベルで取り扱われることになりますが、未経験の事象を過去の知識とか経験により解決するために、知識の欠如・不足、論理性の欠落、習慣への固執などによりミステークを犯すことになります。

危険行為の分類

*意図されていない行為(ヒューマンエラー)

 :スリップ〜注意の失敗に原因を発している。  :ラプス〜短期記憶の喪失に起因している。
 :ミステーク Miss(ミステーク):知識&ルールベース

 意識的に不適切な目標を選んでしまう誤り。思いこみなどによる間違い。経験が豊富だと返って、過去の体験から思いこみしやすい、状況認知の時点で、判断ミスが起きます。適切なルールの誤用、多様な変動形式等

 Slip(スリップ):スキルベース

 目標に合わない行為、うっかり間違い体が一連の動作を覚えていてそれが元でエラーが起こる場合。例えば、何かをしていて話しかけられたりして動作が中断してしまうと、今何をしていたかの記憶がなくなるなど。

(注意の失敗、干渉、省略、順序の誤り、タイミングの誤り)

 lapse(ラプス):スキルベース

:記憶の欠如、やり忘れ :注意項目の省略、場所の見失い、意図の喪失

*意図された行為
 違反行為はヒューマンエラーとしては扱いません。過失・怠慢(ネグリジェンス)は、医療事故となり当事者の責任が問われます。

{参考文献}薬局 2001.4

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ヒューマンエラーの起こる原因(1)

エラー

・マスキング=周囲の雑音によって言葉が聞き取りにくくなる。

・「予見」や「期待」が知覚に影響を及ぼす。
・設備や機器の使いにくさはエラーを引き起こす。
・人は形式的に確認すると安心してしまう。
・意識的に着目しなければ、重要な情報でも見逃すおそれがある。

ルール違反

 ・守りにくいルールは違反を生じさせる。
 ・日頃からルール違反が容認される規範(集団の暗黙の決まり)があると違反を犯しやすくなる。

ルールの欠如や不適切

・人員不足によるルール違反、慣れによるルールの軽視
・高すぎるモラル、やる気は違反や危険な選択を引き起こす。
・計画された行為の遂行にとらわれると、行為を起こすための条件の確認を怠りがちになる。
・サブグループ間の情報交換は不足がちになる。(サブグループ内での交換で満足してしまい、他のサブグループとの情報交換が疎かになる。)

 このようにヒューマンエラーは、単に個人の不注意や怠慢だけではなく組織での管理や設計の誤り、不適切な組織運用などがエラーの誘引となっていることも見逃すことが出来ない重要な問題です。

 ヒューマンエラーを考える際に重要なことは、エラーを起こした当事者と切り離して考えるということです。当事者を処罰してそれで終わりにしてしまうとエラーはいつまでたってもなくなりません。

 当事者に責任を押しつけず、エラーを起こした背景、システムを見直すことが管理者に求められます。

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知識ベースレベルでのミス


                 スキルベース→ ルールベース→ 知識ベース

ヒューマンエラーの起こる原因(2)

薬局2001、6

 知識レベルでの失敗モードはケースが多種多様で複数原因の組み合わせによることも多く、いずれも明確な意志を持ってなされる思考の過程で下される結論の誤りです。

 その原因としては、知識の不足、過去の経験の過信、問題把握の誤り、問題処理能力の超過など個人の知識、経験、おかれた状況などにより思考が制限され問題の本質を逸脱することにより生じるミステーク

 発現頻度は少ないが、発見されて修正される確率も小さいため大きな事故につながる可能性があります。

<<知識ベースレベルでの失敗モード>>

・情報選択のエラー、注意が誤った特徴に向けられる(強く訴える症状に注意が集中し、他の病態を見落とす)

・作業空間の限界;問題を受け取った順序で想起し結論を出すため、問題入力の順序により問題を取り違える(前後の事情を聞かずに、薬を飲んだら具合が悪くなったといわれ、直ちに副作用を疑う)

・去る者日々にうとし;問題を発見した場合、自分の過去の経験にあてはめるため必要以上に重視し、見えない現状を軽視する(過去に経験した副作用を気にするあまりちょっとした症状でも副作用を疑う)

・確信バイアス;曖昧なことに直面した場合、手近な解釈を選び、それを放棄しようとしない(でもそんなこと信じられない!式の論理展開)

・過信;持っている知識を過大評価し、都合の良い証拠に焦点を合わせ、矛盾を無視し、行動を正当化する(相互作用の処方を説明するのに自分の知っている相互作用だけで説明しようとする)

・ハロー効果;単一の命令を好み、矛盾した命令を嫌うため、矛盾した命令を単一の命令に都合良く減少させる。

・因果関係による問題;過去の経験から危険性を過少評価してしまう、代表性と利用可能性の発見的検索より、過去の経験に引きずられ、目立った因果関係だけに目が行く。

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 組織的安全分化の醸成のためには安全に対する明白な規範を作り、その教育と周知徹底が必要です。しかし、一方で実際のリスクマネージメントでは窮屈すぎる締め付け規範の強制は決して良い結果をもたらさず、適度な組織的緊張と個々の仕事に対するプライドを持たせて自主的に安全規範を守るようにすることでかなりの効果が期待できるとされています。

スキルベース:不注意(注意しすぎ〜知覚の混乱)

 人間が情報処理能力の低下に由来した、脳内で情報のシンボル化とそれらが複雑なネットワークを形成していることにより発生するエラー

ルールベース

 過去の成功例、反復学習された強い習慣、マンネリ化による意識レベルの低下などいずれも一連の作業の流れの中で生じた問題を解決する場合、学習により獲得された太い記憶回路が優先的に作動することにより起こるミステーク(正しいルールの適用違い)


Rasmussenによるパフォーマンスレベル

 スキルベース→ルールベース→知識ベース 

1.最初の例外:一般的ルールに大きく反する例外に出会った場合
2.カウンターサイン・ノンサイン:より一般的ルールが適用できない、予測
 できないパターン認識システムの中で雑音になる。
3.情報の過付加:多量の情報量のため認知システムの容量を超える
 時、認知可能情報だけが処理される(1処方内に何種類も処方されて
 いる場合など)
4.ルールの強さ:完全な適合でなくても過去に成功したルールが優
 先的に適応される(定型化した処方の組み合わせで、最初に2件を見
 て後が定型でなくても定型化してしまう。
5.一般的ルールは強い:頻度が高いルールが一般的ルールになる
6.冗長:繰り返し遭遇する問題に特定のサインを見出し、それのみにて
  問題を処理しようとする。
7.固執性:習慣が個人を統制する(ベテランによる反射的調剤作業)



誤ったルールの適用

1. コード化での欠陥……問題解決のためのルールを作ることができないために負荷を切り捨てる(混合調剤における配合変化などの予測が立たないため、内容的に検討しないまま混合する)
2. 行動での欠陥……a. 誤ったルール(間違ったルールを正確に使う→アダラートLの粉砕の例)
b.エレガントでないルール(間違ってないが事実上無駄の多いルール→28日分包を分包誤差をなくすため4回で秤量する)
c. 得策でないルール(中間の目的は達成できるがその方法を常用すると事故に繋がる→単純な処方の1人監査)

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 ホーソン効果

  調査を受け、監視されているという心理的要因による影響。自己を見直す行為により自己抑制が働き、過誤減少に一定の効果があります。

 ハインリッヒの法則

 1つの重い傷害(ミス)の前には29の軽い傷害があり、その前に300の傷害があります。

<スイスチーズモデルとは>

 スイスチーズはトムとジェリーなどのアメリカの漫画によく出てくる所々に穴のあいたチーズのことです。
 このチーズをスライスして何枚か重ねて並べたとき、穴が貫通する場合としない場合があります。
 この穴をミスと考えると、穴が一直線に重ならなければ、事故につながりません。一人一人が穴を持っていても、何人かでチェックし合えば重大な事故は防げます。

{参考文献}薬事 1999.10等

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エラープルーフ
フールプルーフ

人は誰でも間違える
To erris human

 人間がちょっとした気のゆるみから犯すミスや過失を防ぐ、あるいはそれによって引き起こされる不具合を低減したり影響を小さくするためのさまざまな工夫をエラープルーフと呼びます。

 本来はフールプルーフ(馬鹿よけ)と呼んでいましたが、差別用語として扱われる傾向が多くなっためこう呼び代えています。

 もともとは安全管理の分野から生まれた言葉で、ベルト、ギヤ、プレス等にうっかり手を挟んで怪我をしないようなフェールセーフ、フェールソフト等の仕組みを指していました。

 フェールセーフ:製品などに故障が起こったとき、その機能は失われても安全性が保持されるように配慮する設計思想

 フールセーフ:アイテムに故障を生じても、安全性が保持されるように配慮してある設計または状態

フェールプルーフは人為的に不適切な行為や過失が起こってもアイテムの信頼性・安全性を保持するような設計または状態のことで、フールセーフとは微妙に違います。

 フェールソフト:製品やその一部の部品などに故障が生じても、システムや製品全体の急激な故障を生じさせないように、部品などの一部分の故障やゆっくりした機能低下でとどめるような設計思想

 人間のミスの発生率を下げるための工夫、ミスを犯したときの影響を小さくするための工夫などはエラープルーフとしています。


<エラープルーフの考え方>

1.ミスが起こらないようにする。

 1.に関する3つの原理
   排除の原理 〜ミスを発生させない最も効果的な方法→作業を行わない。
   代替化の原理〜作業を人間に任せない
   容易化の原理〜作業を人間にとって容易にする。

代替化:設備や器具を工夫することにより、ミスを犯しやすい作業を作業者が行わなくて済むようにする。

一部代替化:作業の主体はあくまで作業者に残しておき、作業上必要となる記憶、近く、判断、動作の機能一部を補助する手段を用いる。


2.発生したミスがトラブルや事故を引き起こさないようにする。

  2.について
   異常検出〜ミスを検出し処置する。
   影響緩和〜ミスの影響を緩和するための作業や緩衝物を組み込む

        出典:薬事 2003.4 等